2017年11月18日

平成29年11月 添え状より

秋が深まり、まるで時雨が降ったかのように露がいっぱいに宿ることを「露時雨(つゆしぐれ)」というそうですが、野原一面の露時雨が朝陽を受けてキラキラと輝く美しさに、今朝は思わず見とれてしまいました。

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    北大銀杏並木


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岩山から街を望む         

足を悪くして「ビタミンDが足りない」とお医者様にいわれてから、できるだけ朝の散歩をするようにしていますが、気がつけば鮮やかな錦の野山の色が時雨のたびに変わり、山も人々もそろそろ冬支度のサインがいっぱい。冬の足音が間近に感じられるようになりました。

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          綱取りダム紅葉                      

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南昌山              

みなさまは、如何お過ごしでしょうか? 当社では紅葉ドライブの行事も終わって、これからクリスマス、お年越し、お正月と一年の中で一番行事の多い楽しい繁忙期を迎えます。それにさきがけて、11月には施設により岩手大学ジャズ研究会や、紅舞踊団の来館など色々な催し物もありますので、楽しみにお待ちください。


 『老いのうまみ(・・・)を味わわなければ生きてきた甲斐がない』という本の帯の言葉に惹かれて、最近、曽野綾子の「老いの僥倖(ぎょうこう)」という一冊の本を手にしました。

『人間は苦しいことがあればあるほど、上等になる/老年になると、人間の弱さが痛いほどわかる/孤独を味わわないと人生が完結しない』など、とても身にしみる言葉で満ち溢れています。曽野綾子氏自身も、うつ病や不眠症、また一昨年には三浦朱門氏の介護、看取り、ご自身も膠原病の一種でシェーグレン症候群で数日おきに微熱がでてだるくて動けなくなる病気をもっておられるようです。また目もお悪いようですが、世界旅行にも出かけられています。

『もういつ死んでもいいという感覚には、すばらしい解放感があった。しかし青春と違うのは、私が常に終焉(しゅうえん)に近いのを感じつつ生きていることだ。それゆえに、今日の生はもっと透明に輝いている』。

“自分の恥を言えるのは成熟の証”といい『若い時には、自分の恥をさらりと言えない。自分の失敗も、親の職業も、家に金がないことも、兄弟に困った男がいることも、今苦しんでいる病気もすべて隠さなくては、と思う。(中略)

しかし、中年になれば、世界中の人は、多分自分と同じようなものだ、と思えるようになってくる。若い時に試験に落ちて自暴自棄になったことも、ちょっと法律に触れるようなことをして生きてきたことも、女を捨てたことも、金を踏み倒したことも笑って言える。(中略)私たちは人がする程度の悪いことなら簡単に出来る。浮気、脱税など、できればしたいとほとんどの人が思うし、一生で激しく憎んだ相手に対して殺意を覚えたことのある人もそれほど珍しいわけではない。(中略)それは、人間性の成熟がなければ、言えることではない。年長者、中年にならなければ、「私も同じようなことをしましたな」「私もそうしたでしょうね」とさらりと言えないのである』。また、“年をとるほど快楽は増える”など、とても面白い本でした。いつか、またこの本のお話はしたいと思います。

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  今年2回目のバラが咲いています 

さて11月の請求書を同封いたします。お問合せはお気軽に総務や担当者までお願い致します。これからは寒さも増して参りますが、元気に今年を締めくくれますようお身体おいとい下さい。

平成291113日   総施設長 神原美智子

posted by 施設長 at 15:36| 日記